はじめに
本稿では組織の多様化を実現するうえで要諦となる3つの変革について解説する。具体的に、Chapter1では人財の多様性に注目し、多様性組織を検討するうえで浸透したアプローチであるDE&I(Diversity Equity &Inclusion:以下、DE&I)について日本企業の取組状況と今後の課題、課題解決の糸口について解説する。続いてChapter2では階層別役割に関する多様性に注目し、管理職人財の不足が続く市況において価値の再定義の重要性について解説する。最後にChapter3では組織の持続的な多様性に注目し、イノベーションを創出し続けていくために必要な組織風土の戦略的醸成について解説する。いずれのテーマも直近5年間において多くの企業で組織・人財の課題として検討されてきたと思料するが、改めて経営論点として全社解決を図るための課題の棚卸し・解決策の見直し活動等の参考になれば幸甚である。
Chapter1:DE&Iのその先の在り方
1-1.日本企業のDE&I施策の現在地
改めて直近の5年間で多くの日本企業において組織の多様化を重要な経営課題の一つと捉え、人事部・D&I室等が主管となり様々な施策を実行してきたことはいうまでもない。大まかな市況の流れを大きく3つのフェーズで振り返ると、最初フェーズとして多様性(Diversity)の確保が挙げられる。例えば女性役員・管理職割合の強化に向けた中途採用・新卒採用の強化や、グローバルカンパニーにおけるローカル人財の採用強化等が推進された。しかしながら、そうした多様性を受け入れる側である既存組織・現有人財における認識・理解が不足していると、定着が失敗してしまうケースも散見された。そこで施策として階層別研修やオンボーディングサポート等において多様性を享受するためのプログラムが拡充された。次のフェーズとして、経営層を含む組織階層ごとの多様性を確保するべく、包摂性(Inclusion)が重視されるようになった。具体的には管理職への優先登用、昇格の確度を高める特別プログラムなど育成面での工夫がなされた。しかしながら、それらのプログラムに該当しない現有人財からの不公平感や、該当する人財からも忌避感が持たれるなど、取組の課題も顕在化した。そこで3番目のフェーズとして、公平性(Equity)の観点から、働き方の柔軟性や、多様性が内包しているキャリアパス上の不公平さをケアするための制度・プログラムが拡充された。
これら3つ(多様性(Diversity)・包摂性(Inclusion)・公平性(Equity))により多様性組織となる土台が構築できたと認識できるかもしれないが、実態としては「果たして本当に目指していた多様性組織に向かっているのだろうか。手段と目的が一致しているのだろうか。組織は取組前よりも活性化・生産性向上・高付加価値化が進んだろうか」といった問題意識を持つ企業が増えている。手段であるDE&I施策と目的である組織の多様化による活性化・生産性向上・高付加価値化等の実現がリンクしているかを今一度振り返る必要がある。
1-2.人財の多様性と組織の一体性のバランス
前述の問題意識を掘り下げると、重要な論点の一つとして「人財の多様性と組織の一体性のバランスをどう取るべきか」と捉えることができる。この論点に内包される具体例として、DE&I施策を通じて外形的には多様性組織が構築されているように見えるが、実際には人財育成の硬直化や拠点によっては人財流動が加速してしまうことや、一部のトップランナー人財とそうでない人財との熱量差の二極化(2割のハイパフォーマンス人財によって8割の業務が回る構造)等が挙げられる。
そこで人財の多様性と組織の一体性のバランスという論点に対して議論するうえで、目的と手段の解像度を上げる必要がある。前述の通り多様性組織への変革という手段の先には活性化・生産性向上・高付加価値化等の実現が目的となると考えられるが、例えば実現された組織では構成要素たる社員一人ひとりがどのような状態になっているかブレストした例の一部を抜粋して以下に記載する。
<Q.多様性組織が実現された組織において社員一人ひとりはどのような状態か?>
- 仮説1:自身が組織の一員であることに誇りを感じて業務に従事できている状態
- 仮説2:自身の地位・役割・成果等が会社から大切にされていると感じられる状態
- 仮説3:組織に貢献するために自身ができることを自発的に考えられる状態
- 仮説4:組織のなかで、将来のキャリアパスや成長のステップを考えられる状態
上記はあくまで一例であるものの、共通要件として自発的な所属意識が醸成されていることが見えてくる。仮に目的の一つを「自発的な所属意識の醸成」と置いた場合、手段たる現状のDE&I施策に不足している部分も見えてくるのではないか。事例として、ある国内大手企業の人事部門とディスカッションをした際にも、「アンケートを通じてDE&I施策の効果検証をしたところ、一時的にエンゲージメントは向上しても、業務へのモチベーションや組織へのロイヤリティへの寄与は見られなかった」というエピソードがあり、これは示唆として所属意識が高い人財はエンゲージメントも高いという正の相関が仮にあったとしても、エンゲージメントを高めることで所属意識も高まるという因果関係を証明するわけではないと捉えることができる。
1-3.Belongingに基づくバランス確保の仕掛け
そこで、DE&Iのその先の在り方として自発的な所属意識の醸成を見据えた際、キーワードとなるのがBelongingである。2024年時点ではあまり日本国内で浸透している用語ではないが、意味合いとして「自分の居場所が組織の中にあるという自発的な意識・安心感を持ち、組織のなかでキャリアを歩んでいく意識がある状態」と捉えてほしい。この視点からDE&I施策の改善を今後検討していく場合、足掛かりとしてBelongingを戦略的に醸成するための3つのキーファクターを以下に紹介する。多様性組織の実現に向けて改めて目的と手段を整理していきながら施策の改善・磨き込みをする際に参考としていただけると幸甚である。
<Belongingを戦略的に醸成するための3つのキーファクター>
Key factor1:MVV・価値観の浸透
目標やビジョンを全員が理解し、その方向に向かって協力し合うことで、企業全体の結束力が強まる。また経営層-従業員や従業員同士のオープンなコミュニケーションを促進することで相互理解が深まる
[施策例]
- ビジョンワークショップの開催
- 日々の業務とビジョンのつながりを説明する機会の設定
- 社内報や掲示板でのビジョン浸透キャンペーン
- シャッフルランチや社内部活動の導入
- 全社ミーティングでの双方向のQ&Aセッション
Key factor 2:自立的成長・自立的キャリアを促す環境整備
従業員一人ひとりの個性や強みを認め、それを活かせる機会を提供する
[施策例]
- 定期的な1on1ミーティングの実施
- 社内メンタリングプログラムの導入
- 定期的なスキルマッピングと適材適所の配置
- 個人の強みを活かしたプロジェクト参加機会の提供
Key factor 3:失敗を恐れず挑戦できる心理的安全性の確保
従業員が自由に意見を述べ、失敗を恐れずにチャレンジできる環境を作ることで、個々の従業員が自分らしさを発揮しやすくなる
[施策例]
- 「失敗から学ぶ」セッションの定期開催
- イノベーションを奨励する報奨制度の導入
- リーダーシップによる心理的安全性の重要性の発信
Chapter2:管理職人財の価値の再定義
2-1.管理職人財が陥る負のスパイラル
組織の多様性を高めるうえで、当然ながらスタッフ層・マネジメント層・経営層と階層別に陥りがちな課題は異なるが、本章ではマネジメント層に該当する管理職人財の多様性について考えていくこととする。はじめに昨今管理職人財の不足が深刻化しているなか、一般論としては「管理職の魅力を高め、負担を軽減するための施策を講じる必要がある」と耳にすることがあるが、それは正しい打ち手の方向性なのだろうか。
改めて日本において管理職が置かれてきた環境の変遷を振り返ると、3つのトレンドがあると思料する。1点目に管理職と非管理職との賃金の差の縮小である。国勢調査等の統計情報を確認すると、過去数十年間で管理職と非管理職との賃金の差は縮小傾向にあり、つまりは非管理職にとって管理職に昇進しても給与の大幅な増加が期待できず、業務量や責任範囲ばかりが拡がるという印象の原因の一つと推察できる。2点目に働き方改革に伴う管理負荷の増大である。特に大手企業を中心に正社員の残業時間削減が徹底されたことで、そのしわ寄せとして業務量自体が増加している。3点目は社員の価値観の多様化とコミュニケーションの複雑化への対応が難化していることが挙げられる。ハラスメントの予防、長時間労働の是正、リモートワーク化、フレックスタイム化などにより、管理職に求められるコミュニケーションやマネジメントの難易度が上昇している。
こうした変遷を踏まえ、改めて現代の管理職を取り巻く課題を整理すると(図1)、明確な負のスパイラルが存在しており、「どこにメスを入れて負のスパイラルを断ち切るか」が肝となる。

2-2.管理職人財の価値の再定義方法
前述の負のスパイラルを断ち切る手段として、今回は人事企画上の観点から管理職人財の価値の再定義というアプローチを紹介する。これは組織構造・評価制度・人財配置の根幹部分において管理職人財に期待する価値を見直すことを指す。一つの答えとして「Before:これまでの管理職の価値」と「Ater:これからの管理職の価値」にまとめたので参考になれば幸甚である。
<管理職の価値の再定義>
- Before:これまでの管理職の価値
- 業務の指示と監督:
社員の日々の業務を監督し、指示を出す - 情報のフィルタリング:
上層部からの情報を部下に伝える際に、必要な情報をフィルタリングし、適切に伝達する - トラブル対応:
日々の業務遂行中の問題や対立といったトラブルに対処する - Ater:これからの管理職の価値
- 戦略的意思決定のサポート:
ビジネスの戦略的側面においてより積極的な役割を担い、意思決定プロセスに貢献する - イノベーションの促進:
チーム内での創造的な思考を奨励し、新しいアイデアやアプローチを推進する - 多様性と包摂性の推進:
チーム内での多様性と包摂性を重視し、異なるバックグラウンドを持つ従業員間の協力を促進する
2-3.再定義した価値の浸透方法
最後に前述の「Ater:これからの管理職の価値」を組織に浸透させる方法について解説する。ハード面(制度設計の観点)からいえば既存のJD(Job Description)やスキルマップへの反映や評価項目の見直し等が挙げられるが、組織内に根付かせるうえでソフト面(実際のコミュニケーション)も要諦である。浸透度合いを測るうえで実際に管理職人財の行動がどう変化しているかをチェックすることが重要であることから、いかに管理職に浸透させるべき行動の変化例を列挙する。
<管理職に浸透させるべき行動の変化例>
- 「報・連・相」やタスクベースの部下管理 ⇒ 論点ベースの部下管理
- 上層部からの方針伝達・組織の保守 ⇒ 変革の旗揚げ・ビジョンの発信
- 意思決定の委譲 ⇒ データドリブンな状況即応的意思決定
- オペレーションの管理・管掌 ⇒ AI/Techを活用したBPRの促進
- 部下のメンタリング ⇒ コーチング・自立的成長の促進
- 多様性への配慮 ⇒ 多様性の積極的戦力化
- 組織階層上における上下の中継ぎ ⇒ 主体的な経営リーダー
Chapter3:イノベーションを創出する組織風土の醸成
3-1.短期的なイノベーション人財開発施策の限界
現代のビジネス環境において、イノベーションの創出は企業の持続的な競争優位性を確保する上で不可欠な要素となっている。多くの企業がイノベーション創出の重要性を認識し、イノベーション人財の育成に注力している。しかし、短期的な研修プログラムや一時的な施策のみではイノベーション人財の育成には限界があることも指摘されている。
まずイノベーション創出には、多様な経験と知識の「蓄積」が不可欠である。短期的な施策では、表面的なスキルや知識は習得できても、それらを実践的に活用し、新しい価値を生み出す能力の醸成には至らない。イノベーションとは異なる知識や経験を独自の方法で組み合わせることにあり、これには一定の時間が必要である。また経験・時間だけでなくマインドセットの形成も重要な要素である。イノベーション人財に求められる重要な要素として、チャレンジ精神や失敗を恐れない姿勢、多様性を受け入れる柔軟性などがある。これらのマインドセットは、短期的な研修では形成が難しく、継続的な経験と組織文化の中で醸成されていくものである。
3-2.イノベーションを創出する組織の土壌
そこで、個別の施策導入と並行してその基盤となる組織の土壌づくりに注力する必要があるわけだが、イノベーションを生み出す組織風土には、最低限以下の要素が必要とされる。
<イノベーション創出を支える組織風土の要素>
自律性の確保:
個人やチームが一定の裁量を持って行動できる環境は、創造性を引き出す重要な要素である。過度な管理や規制は、イノベーティブな発想や行動を抑制してしまう可能性がある。
3-3.戦略的な組織風土醸成に向けたポイント
組織風土の醸成には、具体的な仕組みやプロセスの整備が重要である。特に仕組み作りにおいて押さえるべき3つのポイントを以下にまとめたので参考になれば幸甚である。
<イノベーション創出を促進する仕組みづくり>
- 評価・報酬制度の設計:
イノベーティブな行動や挑戦を評価し、報酬に反映させる仕組みが必要である。ただし、短期的な成果のみを重視するのではなく、プロセスや学習の観点も含めた総合的な評価が重要である。 - 時間と資源の確保:
イノベーションの創出には、日常業務とは異なる思考や活動のための時間と資源が必要である。創造的活動のための時間を確保する施策が有効である。 - 知識共有の促進:
組織内外の知識や情報を効果的に共有し、新しい組み合わせを生み出すための仕組みが重要である。デジタルツールの活用やフィジカルな場の設計など、多面的なアプローチが必要である。
一方でイノベーティブな組織風土の醸成には、以下の課題を忘れてはならない。それらの解決には経営層の明確なコミットメントが不可欠である。組織風土の変革には時間がかかり、短期的な成果が見えにくい。そのため経営層が変革の必要性と方向性を明確に示し、継続的な支援を行うことが重要である。
<イノベーティブな組織風土の醸成における課題>
- 既存事業とのバランス:
既存事業の効率化・最適化とイノベーション創出の両立が求められる。両者のバランスを取るための明確な基準と資源配分が必要 - 短期的成果への圧力:
四半期決算などの短期的な成果を求められる中で、中長期的な視点でのイノベーション活動をどう位置づけるかが重要 - 組織の慣性:
既存の思考や行動パターンを変革することへの抵抗が生じる可能性がある。段階的な変革と丁寧なコミュニケーションが肝要
イノベーティブな組織風土の醸成は、一朝一夕には実現できない継続的な取り組みである。心理的安全性の確保、多様性の尊重、自律性の確保といった基本的な要素を基盤としながら、具体的な仕組みづくりとリーダーシップの発揮を通じて、段階的に実現していく必要がある。また、組織の規模や業態、文化的背景によって、最適なアプローチは異なることを認識しておく必要がある。画一的な解決策ではなく、各組織の特性に応じたカスタマイズされたアプローチが求められる。
イノベーション創出の重要性は今後さらに高まっていくと予想される。組織風土の醸成は、その成否を左右する重要な要素として、経営層の積極的な関与と継続的な投資が必要である。同時に、組織全体でイノベーションの重要性を理解し、一人一人がその担い手となる意識を持つことが、真のイノベーティブな組織の実現につながるのである。
■文責
組織戦略支援部 部長/Principal 嶺 隆由紀
組織戦略支援部/Consultant 吉田 拓史